（７）
「夏休みに手術やっちゃおうと思ってな。」沢田と宮部を前にして山下が言った。
沢田は全く知らなかったのだが、山下にはヘルニアがあって腰が痛いのだそうだ。山下のヘルニアは3週間ぐらいの入院で直るそうだ。
「だから実験も休みだ。沢田良かったな。」そう言うと山下はニッコリ笑った。
「宮部さんもはやく就職決めちゃえよな。」宮部はコックリとうなづいた。
山下が入院している間、沢田はひたすらバイトをやっていた。他にやることが見つからなかったのだ。しかし、あるときフッと思い付いた。山下のお見舞いに宮部と行ってみようかと。
その夜、21時半すぎを見計らって、沢田は研究室の名簿にのっている宮部の家の電話番号に電話をかけてみることにした。彼女の家に電話するのははじめてだ。お父さんが出たら嫌だな、思いながら沢田は家から一番近い公衆電話で、ダイヤルをプッシュした。
ダイヤル3回で受話器が上がった。
「はい。」女の声だった。
「日本大学の沢田というものですが、宮部友美香さんいらっしゃいますか？」宮部の声のような気がしたが沢田は言った。
「沢田君？あたし。」宮部はちょっと驚いた様子だった。
「山下さんのお見舞い行ってみない？」沢田はいきなり用件を告げた。
「いいわよ。」すぐに返事が返ってきた。
「今週の予定はどう？」
「あたし、今バイトやってないからいつでもいいわよ。」
「就職活動は入ってないの？」沢田は尋ねた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと待って。」宮部が言うと電話からオーバーザレインボーの電子音が流れてきた。手帳でも取りにいったのだろう。
「水曜と木曜の午前中がだめ。」かるく息をはずませながら宮部は言った。
「じゃ、明日の午後は？」
「大丈夫」
あっさりとお見舞いの予定は決まってしまった。病院は区内の私立病院だ。明日の14時に駅の改札前に待ち合わせることにした。沢田は胸が高鳴るのを感じていた。
（８）
これはデートではない。沢田は自分に言い聞かせながら、出かける用意をしていた。デートっぽい服装にするのも変なので。いつもと同じにＴシャツとジーンズを着た。尻のポケットに財布を突っ込むと、出かける準備は整った。昼飯は待ちあわせの駅で食べればいいや。今出るとかなり早く着きそうだったが、沢田は家を出た。
駅に着くと12時半だった。空は真っ青に広がっている。今日も暑くなりそうだ。駅前に吉野屋が見えたので、沢田はそこで牛丼の大盛りを食べた。まだ待ち合わせには1時間ぐらいある。沢田はコンビニに入ると涼しいクーラーの中で雑誌を立ち読みした。
ふと気付くと13時半だった。もしかしたら宮部が来てるかも、と思い駅へ向かった。太陽は真上から射している。もっと涼しい場所で待ち合わせるべきだったか、沢田は駅へ近づいた。改札の前に白い帽子と白いワンピースの背中が見えた。もしかして、宮部さん？沢田は信号を渡った。
宮部だった。沢田は後ろから近づくと、一つ息をのんでから声をかけた。
「待った？」
宮部はクルリと振り向くと、まぶしく微笑んだ。
「前から来ると思ってた。」
「はやいねえ。」言いながら沢田は思っていた。デートみたいな格好だ。
「沢田君のが早いじゃない。」
「ここで昼飯食べたんだ。」
沢田は宮部が紙袋を持っているのに気付いた。お見舞いだ。自分は山下へのお見舞いをすっかり忘れていた。
「それ、お見舞いでしょ？僕何も持って来なかったよ。半額僕が出すよ。」沢田は尻から財布を引っこ抜いた。
「あ、いいの。これうちにあったのだから。」言って宮部はお金をうけとらなかった。
見回すと花屋が目に入った。沢田は花を買った。
花は宮部に持ってもらった。花は女性に持ってもらった方がいいと、沢田が言ったからだ。かわりに沢田は宮部の持っていた紙袋をぶら下げていた。二人並んで焼け付くアスファルトの上を病院に向かった。砂漠のように人影はない。
「僕たちってばかだよな。一番暑い時間にお見舞い行くことなんてないもんな。」
「そうね。」小さく笑いながら宮部はこたえた。
1999/04/28 wrote