「シーイズマイラブ?」
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(1)
 沢田のポストに珍しく写真ハガキが届いていた。「結婚しました」ハガキだった。八幡?う〜ん誰だったかな?沢田の友人に八幡なんてのは覚えがなかった。しかし、女の方の名前を見てすぐ思い出した。宮部 友美香さんだ。
 ウェディングドレスに化粧をしているので、よくわからないが、よくよく見れば宮部さんだった。なんだ、もう結婚式終わっちゃったんだ。僕のこと呼んでくれなかったんだ。沢田は少々がっくりきていた。まあ、呼ぶほどの友でもないのかな。一人納得して、階段を登りながら相手の男の方の顔をよく見てみた。30過ぎぐらいの人の良さそうなお兄さんだ。
 28歳にもなれば結婚するよな...。さっきの買い物のスーパーの袋が左手に食い込むのを沢田は感じていた。

(2)
 沢田の大学生活も今年で終わりだった。大学4年生。沢田は大学院に行くつもりはなかった。あと2年ぐらい学生を続けてもいいような気もしたが、いいかげん親元から離れてみたいという気持ちの方が大きかった。
 沢田が通うのは中堅の私立大。工学部の工業化学学科。なんでこの学科を選んだかといえば、化学が得意だったからだ。将来についてもなんとなく、文系出て営業やるよりか、技術職の方が楽しいんではないかという具合の曖昧なものである。
 4年になると研究室というのに所属しなければならなかった。沢田ははっきり言ってなんでも良かった。成績の良いものは研究室が選べるらしかったが、沢田は中の下。単位とれればいいや、ぐらいにしか勉強していなかったので、ほとんど選ぶ権利はなかった。
 結局沢田が入ったのは工業有機という研究室だった。この研究室はマスターに学生が2人か3人ついて実験をすすめる、という形をとっていた。この振り分けは研究室の方で勝手にやったようだ。沢田がついたマスターは山下というM2(マスター2年目)だった。中学時代からサッカーをやってるとのことで、上背はないがひきしまった精悍な感じのマスターだった。沢田にとってはマスターが厳しい人かどうかというのが重要だった。はっきり言って実験はどうでも良かった。いかにさぼれるかというのが重要であった。山下は見た感じサッパリした感じのスポーツマンで、ニコニコしながら沢田の方を見ていた。
 もう一人のパートナーの学生は女の子だった。化学系の学科というのは比較的女の子が多い。全体の約2割ぐらいはいるのである。これは理系の学科では珍しいことで、他の学科は1学年2人とか3人というのが普通である。
 3年間も同じ学科の同じ学年にいればだいたいの学生の顔は覚えているはずだが、彼女の顔に見覚えはなかった。背は小さくてどっちかと言えば目立たない感じの子であった。宮部 友美香という名前だった。沢田はパートナーが女の子で、ちょっとラッキーとは思った。でも、自分の好みのタイプではないなと思っていた。

 沢田にはそのとき”彼女”はいなかった。正確に言えば、ここ数年ステディな関係を続けている女性はいなかった。ガールフレンドなら何人かいたが、二人きりのデートに誘う程の仲の女性はいなかった。しかし、特に彼女が欲しいとも思ってなかった。負け惜しみではなく、サークルが忙しかったしバイトも忙しかった。友人ならたくさんいるのでそれでいいと思っていた。恋愛関係になると訪れる、閉鎖的な2人の世界というのが、懐かしくもあり、面倒くさくもあった。
 「じゃ、沢田くん1年間よろしくな。」山下が右手を差し出して握手を求めてきた。スポーツマンだというのに、薬品染みのついた白衣が似合っている。沢田は山下と握手した。思ったより分厚くて暖かい手だった。
 「宮部さん1年間よろしく。」次いで同じように山下は宮部に手を差し出し2人は握手した。山下はニッコリと笑い沢田と宮部を見比べた。

 実験は単調なものだった。砕いた石炭を溶剤に浸し、様々な触媒を加えて液化。その収率を比較する実験だった。
 見た目には毎回やってることはほとんど同じ。石炭と溶剤を分厚い金属の容器に込めて、高温高圧で攪拌。そしてできたドロドロした溶液から油分を抽出し、収率を計算するのだ。その実験を1行程やるのに3日もかかった。なので、無駄がでないように異なる条件で3つぐらいの実験を平行してやっていた。
 この実験で一番たいへんだったのは、反応容器の掃除だ。タールは残らず回収し、収率を計算しなければならない。攪拌棒の隙間のタールもこそぎ落とさなければならない。溶剤は独特の刺激臭がして長い間かいでいるとクラクラしてきた。
 沢田はできるだけこんな実験から逃げたかった。本当はさぼる授業でも「授業に出る」と、山下に告げて実験室に行かなかった。既に就職活動は始まっていたのだが、どうでもいい会社に会社訪問をして実験室に行かなかったりもした。そんな沢田に山下は文句も言わず、「いい会社はやくみっけろな。」と言ってニッコリと笑った。
 一方の宮部の方だが、彼女の場合、もう4年でとる授業をほとんど残していなかった。従ってほとんど実験室にいて、面白くも無い実験を山下とやっていた。宮部の就職先もまだ決まってなかったが、なんだか彼女はのんびりしているように見えた。

1999/01/04 wrote



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